第3章:消えゆく境界線
朝日が差し込んでも、子ヤギたちの不安は晴れることはなかった。むしろ、光が暗闇を押し退けるにつれ、彼らの心の闇はより濃くなっていった。
アキラは疲れ切った表情で兄弟たちを見回した。「みんな、無事か?夜を越せたな」しかし、彼の声には自信がなかった。
ケイは苛立ちを隠せずにいた。「これ以上、ここにいても仕方ない。俺は出て行く」彼は扉に向かって歩き出した。
「待て!」アキラは必死にケイを押しとどめようとした。「外に出るのは危険だ!」
二人の揉み合いは、他の兄弟たちの恐怖心を煽った。シンは眼鏡を外し、額を押さえながら呟いた。「これは集団ヒステリーの典型的な症状だ…私たちは冷静になる必要がある…」
しかし、その言葉も空しく響くだけだった。タクミは部屋の隅で震えていた。「僕たち、おかしくなってるんじゃない…?」
ミユキは絵筆を握りしめたまま、キャンバスに向かっていた。しかし、彼女の描く絵は次第に歪んでいき、不気味な影の形に変わっていった。
ヨシキは目を閉じたまま、耳を塞いでいた。「声が…声が聞こえる…みんなの心の声が…」
そして、誰もが気づかないうちに、ナナの姿が消えていた。
「ナナ!ナナはどこだ?」アキラの叫び声が家中に響き渡った。
パニックに陥った兄弟たちは、家中を探し回った。しかし、ナナの姿はどこにも見当たらなかった。
「まさか…オオカミが…」ケイの声が震えた。
シンは冷静さを失い、「確率的にありえない…ありえないはずだ…」と繰り返していた。
タクミは泣き崩れ、「僕のせいだ…僕が見ていなかったから…」と自分を責めた。
ミユキは突然、笑い出した。「ふふふ…みんな、分かってないの?ナナは…ナナは…」しかし、彼女の言葉は意味不明なつぶやきに変わっていった。
ヨシキは目を見開いたまま、「ナナの声が…心の中で聞こえる…」と呟いた。
アキラは必死に冷静さを保とうとしたが、彼の心も限界に近づいていた。「みんな、落ち着くんだ。ナナは…ナナは必ず見つかる」
しかし、彼の言葉も空虚に響くだけだった。家の中は、恐怖と狂気が渦巻く迷宮と化していた。そして、彼らはまだ気づいていなかった。真の恐怖は、これからやってくるということを。
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